ゆうたのルーズリーフ

〜大学生の視点から、日々の生活、カンボジアの生活で感じたことを〜

大学生の視点から、日々の生活、カンボジアと日本で感じたことを綴る

小さなプライドを持つこと

こんにちは、ゆうたです。

 

 

 

カンボジアのPchum Benも少しずつ終わり、

友達などからメッセージが来るようになりました。

 

田舎はインターネットがないところもあり、

みんなとの連絡が減り寂しかったので

とても嬉しいです笑

 

 

さて、今回の本題

 

「小さなプライドを持つこと」

 

に対して自論を語りたいと思います。

 

 

 

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はじめに

 

 

プライドを持つことに対してどういうイメージがあるでしょうか。

 

プライドがあいつは高い

変なプライドは捨てろ

等々

 

少しマイナスなイメージがある人もいるのだはないでしょうか。

 

確かに高すぎるプライドは

時にその人の成長を遮る要素にもなると個人的に思います。

 

 

でもそんな中、自分は小さなプライドを持つことは

とても重要だと思います。

 

それを自分の失敗談を交え

紹介したいと思います。

 

 

 

 

 

プライドだけが先行して失敗をした話

 

 

 

自分の高校時代の話をします。

 

高校は県立の高校に入り、サッカー部に入りました。

 

高校に上がる前、地域のクラブチームに入っていました。

そのチームでは、1年の時もそこそこ試合に出て

そこそこ結果も残していたと思います。

 

しかし、中1の春に前十字靭帯をケガし、戦線離脱。

 

手術を3回しました。

復帰できたのは中学3年でした。

 

1年以上のブランクもあり、試合にはでれず引退。

 

でも、

「公立の中学校よりはレベルの高いサッカーをしたし、

その辺のチームよりはいい環境で育ったから

高校もいけるだろう」

 

そんな謎のプライドを持って高校のサッカー部に入部。

 

 

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しかし、現実は甘くありませんでした。

 

周りの選手のレベルは高く、試合に出れませんでした。

 

その現実を受け止めるのを拒否し

 

「俺はクラブチーム上がりだ」

 

というプライドだけが先行し気づいたら高3に。

 

試合もろくに出れず、顧問とももめて、引退前に前十字靭帯のケガを再発。

 

 

何も結果を残さず引退をしました。

 

あの時無駄なプライドを捨て、

ひたむきに練習に励んでいたらもしかしたら変わっていたかもな

 

と思いました。

 

 

この高校の部活の経験から

高すぎるプライドを持つことは難しい結果になると自分は感じました。

 

 

 

小さなプライドを持つ今

 

 

その経験を生かし、今は小さなプライドを持っています。

 

それは、

自分の将来やりたいことに向かって独学でアクションを起こしている

というものです。

 

 

2月のカンボジア渡航以来、カンボジアにどハマりし、

クメール語、文化など勉強し始めました。

 

 

当初色々なことも言われました。

 

カンボジアにこだわって何が楽しい?

クメール語なんてやっても意味がない

カンボジア人になれば?

 

など

 

小馬鹿にする人が周りにもいます

 

 

でも将来やりたいことのふわっとしたイメージがあり、

そんな声があるということを認識しつつ、現在まで続けています。

 

 

これにより気づいたことがあります。

 

それは

 

小さなプライドを持つことで自分の信念を貫き、

自分らしく生きることができる。

 

 

ということです。

 

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これがまた大きすぎる、高すぎるプライドに変わると

周りの声を一切聞かなくなり、

我が道を突っ走り、

周りが見えなくなり、

失敗してしまうのではないかと考えます。

 

 

 

最後に

 

 

まだ自分は20年しか生きておらず

社会について何も知らないと言っても過言ではありません。

 

これからの人生、両親、先輩、友達からたくさんの影響を受けつつも

「小さなプライドを持ち」

自分らしく人生を送りたいと思います。